【織田信長】の名言・格言集 22選!

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「泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

「人間50年~」

「是非に及ばず」

織田信長

「織田信長」と言えば、日本の歴史上の人物で、最も人気のある人物のひとりです。

誕生(1534年)は、尾張(現在の愛知県)の弱小大名の子として生まれ、幼い頃には「大うつけ」と呼ばれ、回りの臣従達は、まさか天下統一を望む大武将になるとは思っていませんでした。

織田信長が、歴史上に名前が挙がったのは、何といっても「桶狭間の戦い」で、大大名である「今川義元」を倒した合戦といわれています。

わずか10分の1の兵力(今川軍2万0000・織田軍2千000)で、巧みな情報戦と奇襲で挑み、見事、今川義元を討ち取りました。

一躍、歴史の表舞台に登場した信長は、その後、斬新な戦法を用い、そして資金となる経済流通の改革で、次々と敵対する諸大名を倒し、領土を広げていきます。

1582年3月には、戦国最強と言われた「武田氏」を討ち滅ぼし、天下統一目前と迫っていましたが、当年6月2日に「本能寺の変」で家臣であった明智光秀の謀反により豪死を遂げます。

地方の一介の弱小大名に過ぎなかった子倅が、天下統一の直前まで生き抜いた人生。

波乱万丈となった人生の中で、信長も数々の「名言」を残しています。

それは、現代に生きる私たちにも深く響く名言となっています。

ここでは、その名言を紹介し、その意味も考察してまいります。

Contents(目次)

織田信長 名言・格言・言葉集

信長の名言1 敦盛 「人間五十年 化天(下天)のうちを比ぶれば…」

名言1

「人間五十年 化天(下天)のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり

一度生を受け 滅せぬもののあるべきか」

最初にご紹介するのは、信長が好んだとされる幸若舞の「敦盛」です。

信長がまだ弱小大名だった頃、今川義元の大軍の前(桶狭間の戦い)に、窮地に追い込まれた時に舞ったことや、本能寺の変で自刃する際にも舞った(諸説あり)事でも有名です。

意味は、「人の命は50年と短きものだ、仏界と比べれば、まるで夢や幻のようであり、この世に生まれたからには、滅びないものはない」という意味になります。

織田信長
人の人生はわずが50年。とても短いものだ。

この世に生を受けたからには、全力で生きよ。

そうせねば、人生は儚いもので終わってしまう。

信長の名言2 本能寺で蘭丸に対し放った言葉 「是非に及ばず」

名言2

「是非に及ばず!

仕方がない、どうしようもない、の意

1582年6月2日早朝、明智光秀が信長に対しクーデター(本能寺の変)を起こした際に、いち早くそれを知らせた蘭丸に対して、信長が応えた名セリフ。

信長
これは謀反か、いかなる者の企てぞ!
蘭丸
惟任日向守(これとうひゅうがのかみ/明智光秀)が者と申し候
信長
是非に及ばず!

信長の名言3 俳句ホトトギス 「鳴かぬなら~」

名言3

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス

これは名言ではありませんが、信長の性格を表した俳句で有名です。

誰もが小学生の時、歴史の授業で習いましたね。

信長の性格を、「自分の意に介さない者はすべて殺してしまう」、という残忍で短気な性格を表したものです。

これと照らし合わせて有名なのが、

「鳴かぬなら 鳴かせて見せよう ホトトギス」(豊臣秀吉)

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」(徳川家康)

豊臣秀吉 織田信長 徳川家康

秀吉は、鳴かなければ、何とか知恵を凝らして「鳴かせてみせよう」とする性格。

家康は、鳴かないのであれば、「鳴きたくなるまで待とう」という、ゆったりとした性格だと表しています。

しかしながら、家康の本当の性格は、我慢しない(できない)短気な性格であったと言われています。

武田信玄と無茶な戦いをして大敗してしまった「三方ヶ原の戦い」や、「関ヶ原の戦い」の時では、伝令役の曖昧な返答に刀で斬りかかるなど、家臣の手を煩わせるほど、我慢できないタイプだったようです。

上記の句は、信長・秀吉・家康の性格を表す句というよりは、3名が生きた「生き様を表している句」ともいえそうですね。

織田信長
勘違いをするな、よいか、意に介さないものをすべて殺したわけではない。

法度(法律)を破った者や、我に刃を向けたものを殺したまでじゃ…。

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信長の名言4 自惚れを戒める 「才のある者は~」

名言4

「才のある者は、鍛錬を怠る、自惚れる。
しかし、才がない者は、日々努力する。

頭の良い者、才能のある者に対する戒めの言葉。

織田信長
才能のある者は、それに驕り鍛錬をしなくなり、自惚れてしまうものだ。

しかし、才能が無いものは、才のあるものに負けじと日々努力する。

この心掛けこそ、いづれ、才能が開花する。

信長の名言5 無駄を省け 「攻撃を一点に集約せよ~」

名言5

「攻撃を一点に集約せよ、無駄な事はするな。

織田信長が合戦の際に、いつも家臣団に伝えた名セリフです。

織田信長
合戦ばかりではない。日々の生活や仕事でも無駄はするな、という意味じゃ。

信長の名言6 絶対という言葉の使い方 「絶対は~」

名言6

「絶対は、絶対にない!

無謀や不可能な事柄に対しても、最初から諦めたり、無駄だと考えなかった信長。

織田信長
最初から無理や不可能は存在しない。それは自分が決めているだけの事…。

たとえ無理難題、不可能であろう事も、絶対に存在しないっ…!

信長の名言7 怠惰な者(自分)への戒め 「臆病者の目には~」

名言7

「臆病者の目には、敵は常に大軍に見える

信長の通算合戦記録は、90戦64勝20敗6分(勝率7割1分1厘0.711)です。

戦国の雄「武田信玄」や、合戦で1度も敗れたことのなかった「上杉謙信」と比べると、以外にも負け数が多いのが信長ですが、負けた相手には必ずリベンジして勝っているのも信長です。

どんな困難に対しても立ち向かい、敗れてもまた立ち上がり、必ず敵を倒しています。

織田信長
合戦も仕事も同じこと!

困難に立ち向かい、たとえ敗れても、研究し考え再度チャレンジして、敵(仕事)を倒すのじゃ…。

信長の名言8 教訓 「仕事は自分で探し~」

名言8

「仕事は自分で探し、創造していくもの。与えられた仕事のみやるのは雑兵と同じ

仕事とは、自分で考えアイディアを以てこなしていくものです。

指示待ちではなく、自ら行動してまいりましょう。

織田信長
日頃から真面目に仕事をしていれば、おのずから分かるものじゃ…。

信長の名言9 人の考えや気持ちを汲む 「人は心と気を働かす~」

名言9

「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ。用を言いつけられなかったからといって、そのまま退出するようでは役に立たない。その点、お前は塵に気付いて拾った。なかなか感心である。

秀吉、織田家で草履取りの時代に、信長に認められるために、自分の懐の中に信長の草履を入れて温めていたと言います。

後の秀吉の側近となる、小姓時代の石田三成も、秀吉に「3杯の茶」(最初の一杯はぬるい茶、二杯目はやや温めの茶、三杯目は熱い茶)を出して、認められたと言われます。

つまり、人の気持ちや考えを汲んだ上で行動することによって、物事が好転することが多分にあるという意。

織田信長

単に用を言いつけられてやる事は誰でもできる。

頼まれた意図を考え行動するのじゃ…。

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信長の名言10 教訓 「必死に生きてこそ~」

名言10

「必死に生きてこそ、生涯は光を放つ

日頃から、一生懸命に行動する。その生涯は必ず光り輝く一生となる。

織田信長

人間50年、なんと短いものか…。

無駄に生きず、必死で考え行動し、生きてみよ!

素晴らしい事が、待っている!

信長の名言11 理想と信念を持つ 「理想を掲げ、信念を持って~」

信長の名言11

理想を掲げ、信念をもって生きよ。理想・信念を無くしたものは、(戦や人生に)戦う前から負けている。そのような者は死人と同じ。

自らの人生に、理想を掲げ、信念を持って生きよう。そうでなければ死んだも同然。

織田信長

人は、生まれてからわずか50年の命…。

であれば、志を高く持ち、何事にも挑戦してみるのじゃ…。それが出来ぬは死人と同じじゃ…!

信長の名言12 能力主義者? 「人を用ふる者は~」

信長の名言12

「人を用ふる者は、能否を採択すべし、何ぞ新故を論ぜん。

まさしく、古き体制体質を嫌い、革新的に物事に当たった信長らしい名言です。

人用も、当時には見られなかった能力主義を採用し、身分の差に捉われなかった信長の名言。

織田信長

古き体質は、人を堕落させる…。

いかなるものでも、能力があれば、これを認める…。 日々、励むがよいっ…!

信長の名言13 はげねずみ? 「…何方をたずね候えども~」

信長の名言13

「…何方をたずね候えども、それさまほどのは、又ふたたび、かのはげねずみ、相もとめがたき間…

ねね(秀吉正妻)が、安土城に秀吉の不貞(浮気)を問いただそうと訪ねて来た際に、信長がねね宛てへ送った書状の一文!

…どこを訪ねても、あなたほどの妻は、かのはげねずみ(秀吉)には難しかろう…。

信長からねねに宛てた書状

中文以降に、「…何方をたずね候えども…、」。

織田信長

ワシがねねに伝えたかったのは、

秀吉は、仕事を頑張っておるから心配いらぬ。(秀吉を)ワシがちゃんと見ておくから安心せぃ…!

と、伝えたかったのじゃ…。

信長の名言14 戦教訓 「人 城を頼らば~」

信長の名言14

「人 城を頼らば、 城 人を捨てん

合戦で城に逃げ込んでも安全ではない。時よっては城は、人を見捨てるものです。

織田信長

たとえ(城)籠城戦となろうとも、次なる対策を準備しておかねば、やがて城も人も共に倒れてしまう。

合戦で、城を生かすも殺すも、しょせん人(自分)次第。 おのれの人生においても、また然り…!

信長の名言15 戦教訓 「戦に勝るかどうかと~」

信長の名言15

「戦に勝るかどうかと兵力は必ずしも比例しない。比例するかそうでないかは戦術、つまり自身にかかっているのだ。

信長が歴史の表舞台に登場した合戦「桶狭間の戦い」が良い例です。

大大名である今川義元軍は2万を超える大軍に対し、信長軍は10分の1のわずか2000。

どう見ても、勝てるはずありません。

しかし、戦は信長が勝利しました。

織田信長

たとえ大軍を持っていようとも、戦に勝てるとは限らない。

その大軍をどう動かすかは、自分次第である…!

常に戦略・戦術は考えておくべきだ。

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信長の名言16 怠惰な者(自分)への戒め 「臆病者の目~」

信長の名言16

「臆病者の目には、敵は常に大軍に見える

臆病者は、敵が大勢に見え、しかも強そうに見えてしまうものだ

織田信長

戦(仕事)に勝つには、敵をよく見る(調べる)事が大切じゃ。

敵が、見えないから、敵は大きく見えてしまうものじゃ…。

敵(仕事)が分かれば(見えれば)、勝ったも同然じゃ…!

信長の名言17 戦教訓 「およそ勝負は時の運~」

信長の名言17

「およそ勝負は時の運によるもので、計画して勝てるものではない。功名は武士の本意とはいっても、そのあり方によるものだ。

戦に勝つには、念入りな計画があってこそ勝利できるものですが、そうでない(不運や偶然)場合もあります。

手柄を立てるのは、武士なら当然ですが、やみくもに手柄を追うのではなく、手柄の立て方も考慮すべきです。

織田信長

戦(仕事)に勝つために、手柄ばかりを先んじて、計画もなしに危険な行為を犯してはならぬ…。

たとえ戦に勝ったとて、それは手柄というのではなく、単なる運だけである…!

信長の名言18 無謀は悪 「愚かな間違い~」

信長の名言18

「愚かな間違いを犯したら、たとえ生きて帰ってきても、ワシの目の前に姿を見せるな。

自分勝手(無計画)な行動は慎むこと。

その行動が、たとえ吉と出ても意味がありません。

織田信長

無謀な戦は厳禁じゃ…。

無謀な突撃は、もっと厳禁じゃ…。

そんなヤツの顔は、見とうもないわっ…!

信長の名言19 協力の必要性 「組織に貢献してくれるのは~」

信長の名言19

「組織に貢献してくれるのは優秀な者よりも、能力は並の上だが忠実な者の方だ。

組織に貢献してくれるのは、組織に忠実な人です。

織田信長

組織を大きくするには、個の能力だけでなく、それを生かす一人一人の協力が必要なのじゃ…。

たとえ優秀な能力だけが存在しても、それを生かす組織がなければ埋もれてしまう…。

信長の名言20 人を当てにする 「恃(たの)むところ~」

信長の名言20

「恃(たの)むところにある者は、恃むもののために滅びる。

「恃むところ」:人を当てにする。頼る。

人に頼ってばかりではいけない。頼ってばかりでは成長はできない。

織田信長

人に頼る前に、自ら考え行動できるよう、日頃からの訓練が必要じゃ…。

人に頼ってばかりでは、無論、出世も無ければ、昇給もナシじゃ…。

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信長の名言21 器用というのは? 「器用というのは~」

信長の名言21

「器用というのは他人の思惑の逆をする者だ。

器用とは、他人が考えない事を、巧みにやってのける事。

織田信長

器用とは、賢い事を言うのではない…。

物事を深く考え、応用し判断する事を言うのじゃ…。

その中で、人が思いもよらないことが考えついたら、それを器用というのじゃ…。

信長の名言22 見て見ぬ振りをせぬ 「これを売って彼に~」

信長の名言22

「これ(木綿20枚)を売って彼に小屋を作ってやり、飢えないように食べ物を分け与えてくれれば自分はとても嬉しい。

信長が、手足が不自由な村人を見て言った言葉です。

織田信長

ワシにも、(優しい)心はある…。

見て見ぬ振りが一番イカン。

出来ることから始めれば、それで良い…。

織田信長 名言・格言・言葉集 まとめ

いかがでしたでしょうか…。

信長が人生において述べた「名言・格言集22選」を並べてみました。

私自身、身に余る所や、ジーンと胸に刺さるような名言がありました…。

あなたはいかがでしたか…。

織田信長の人生は、決して順風万般に行った訳ではありません。

わずか49年の生涯で90回もの合戦をこなし、命の奪い合いを繰り広げた人生は、私たちの想像をはるかに超えた壮絶な人生だったに違いありません。

緻密な戦略と戦術で戦った合戦の日々の中にも、ちょとだけ優しさが垣間見える名言もありましたね…。

下剋上の群雄割拠の時代を生きぬいた人間だからこそ、言葉にも重みが伝わってまいりました。

あなたの胸にも、きっと響いた名言があったと思います…。

この名言を胸に、今日も頑張ってまいりましょう!!

織田信長

ワシの言葉で、気づきがあれば、何よりじゃ…。

この先も、素晴らしい人生となるよう歩んでもらいたいものじゃ…。

 

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